「京都の広隆寺にある弥勒菩薩に見入っていると気持ちが和らいでいく。
私にはそのわけがわからなかったが、ドイツの哲学者カール・ヤスパース
が教えてくれた。戦前、日本にやってきた彼は弥勒菩薩を見て「この菩薩
の姿こそ人間が達し得る最高の姿である」と。「しかし、こんなにいい姿、
いい顔になれるのは過ちを犯した人、罪ある人でなければこうはなれない」
と。この言葉に私は不意をつかれた。
アメリカで名裁判官といわれる人たちの中には前科者が多いという。自ら
が罪を犯したがゆえに、過ちを犯した人の気持ちに入っていけるのであろ
う」 |
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行徳哲男『感奮語録』より |
「人間はいつ死んでもいいと思うのが悟りやと思うておった。ところが
それは間違いやった。平気で生きていることが悟りやった」
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曹洞宗大本山永平寺78世貫首:宮崎奕保(みやざき えきほ)師 |
「よしあしの文字をもしらぬひとはみな、まことのこころなりけるを
善悪の字しりがほは おほそらごとのかたちなり」
意味:善悪の文字すら知らない人は、嘘のない誠の心であるのに対し、
善悪の字を知ったかぶりする人は、大嘘つきのようである。 |
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「あぁ、いかに些細なる原因によって大なるものが滅び行くことよ」 |
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ローマの聖人:クラウディアヌス |
「お客は、どんなに苦労してるかなんて知ったこっちゃない。スクリーン
に映ったものだけが全てなんだ」 |
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映画監督:黒澤明 |
「組織とは、背反した利益目標をもつ人たちが一定の条件で集まっている
ところ」 |
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すごい会議、大橋禅太郎 |
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「社長の(客先)表敬訪問は、セールスマンの訪問の百回に勝る」 |
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経営コンサルタント:一倉定 |
「蕪村は窮乏のなかに死んだ。同時代の応挙(円山)は画家として栄華
の中で死ぬ。数百年をへたこんにち、いずれの絵に評価が高いか、古
美術商の小僧でさえ知っている」 |
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司馬遼太郎『歴史と小説』より |
「罪あるは斬る。怯懦(きょうだ)なるは斬る。隊法をみだす者は斬る。
隊の名をけがす者は斬る。これ以外に、新選組を富岳(富士山)の重
きにおく法はない」 |
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土方歳三談、『燃えよ剣』(司馬遼太郎)より |
「エースと四番バッターは育てるもんじゃない。見つけてくるもんだ」
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「楽天」名誉監督:野村克也 |
「最大の努力で最小の成果を期待することが顧客満足向上の極意であ
る。顧客からの"ありがとう"を引き出すために労力を惜しまないこと
である」 (あるベテランコンサルタント)
「最高の人生とは "たいそうな給料をもらい、テキトーに仕事をする"
ことである」(浅田次郎著『ハッピーリタイアメント』より)
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「セールスマンの適格者は、頭の回転が遅く、社交性に欠け、口が
重いことである」 |
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『一倉定の経営心得』より |
「『武士道は死にもの狂いなり』というように、理性主義や理知主義の
最大の欠点は、危険に対して身を挺しないことである」 |
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三島由紀夫 |
「今月の業績が悪いことは社長の責任ではないが、半年後の業績は100%
社長の責任である」 |
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「がんばれ社長!」 武沢 信行 |
「いやしくも世の中に立って完全の人たらんとするには、まず金に対する
覚悟がなくてはならぬ」 |
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渋沢栄一 |
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「些事でござる」 |
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河井継之助 |
「人間がもつ"我欲"を制度で管理しようとした共産主義。競争原理にまか
せたのが資本主義。どちらもうまくいかなかった。ひとりひとりが『空』
に気づき、我欲を超越した『空』に生きる相互依存の生き方こそ、次の時
代の主義と呼ぶにふさわしいものだろう」
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マンダラ手帳開発者 松村寧雄。1月8日「がんばれ社長!新春講演」 |
「経営力がある社長とない社長がいるのではない。経営が上達する社長
としない社長がいるだけのことだ」 |
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がんばれ社長! 武沢 信行 |
「煩悩と愛欲は人間性向上の敵なのではなく、これは本能でありこれを断
ずることは出来ない。むしろ、この本能そのものを向上心に変換して仏道
を歩ませる方策を考えるのが自然だろう」
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「50になっても60になっても峰不二子のようでいたい」
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藤原紀香 |